責任
オバマ大統領の就任演説の少し後、Tさんからこんなメールをもらいました。
オバマ新大統領が「責任を取るべきだ。」
というようなことを盛んに言っているようですが。日本文化の中には究極の責任のとり方として
切腹・ハラキリがあると思います。しかし、キリスト教では自殺はしてはいけないものだったと
記憶しています。では、オバマ大統領の言う「責任をとる」の
究極の形はいったいどういうものだろうと考えますと借金で首の回らなくなったものは
”奴隷になりなさい”ということに
なってしまうのではないでしょうか。黒人は初の大統領の言うことの意味が
もしそんなことでもあるなら
皮肉なことですね。
ネガティブな発想だなあ、と思いながらも
気になったので、その就任演説をYoutubeで見てみました。
就任演説の中では『責任』という言葉は、多分3回しか出てないようです。
responsibilityが2回とdutyが1回
ニュース等がいうように、『強調』されては居るのかもしれませんが、回数的には意外に少ないなあ、という印象。
おそらく、「自分たちがしてきたこと、自分たちが得た利益に伴う義務は果たそう」的な主張なのでしょうが、禁酒法を実際に施行したことがある国なので、油断はできません。
そういえば、初の黒人大統領ですが
アメリカで公民権運動が盛り上がったのは、1950年代から。
そのころは、人権的には、アメリカの方が日本より後進国だったということですね。
日本語でいう「責任」であれば、任=役割に伴う義務というニュアンスでしょうか?








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